前蔵オープンしました。

皆さんこんにちは。染谷家住宅管理事務所です。
これまで長らく閉ざされてきました『前蔵』をこの度オープンしました。
『前蔵』は、明治26年(1893)に建築され、もとは米蔵として使われていました。染谷家住宅の国登録有形文化財の一つでもあります。
ここに至るまで、東京都・江戸川区にある一之江名主屋敷の常設展示や柏市・吉田家を見学するなど、染谷家では前蔵をどういった見せ方ができるのだろうか、他にはない蔵の活用方法をと考えた結果、現時点での見せ方として、「音楽鑑賞ができる前蔵」になりました。

「ご来館頂いたお客さまに大迫力の音色を堪能して頂きたい」という、染谷家現ご当主のご意見とお気持ちが大きく反映されたものでもあります。
現ご当主の趣味の一つであった音楽鑑賞。また、先代当主や他のご兄弟の趣味でもありました。
レコードはもちろんのこと、JBL製のスピーカーやレコーダーは染谷家のものです。染谷家の大切な歴史の一ページでもあります。
レコードの枚数は数えていませんが、100枚以上はありそうです。主にクラシックが大半をしめ、他にもジャズや歌謡曲などがそろっています。


もう一つの見どころは、現ご当主のご両親の良夫さんと愛さんがお描きになった油絵の展示をしています。

染谷家を語るうえで、とても素敵なエピソードがあります。
良夫さんと愛さんはお二人とも絵を描くことがお好きでした。
そんなお二人は、数多くの著名な画家を輩出し、かつて東京・小石川(現文京区)にあった川端画学校で出会っています。
当時、愛さんが師事されていたのは、明治から昭和にかけて活躍された藤島武二氏(洋画家)。
私は名前は存じ上げなかったのですが、与謝野晶子の「みだれ髪」の装丁を描かれている方でした。画家でありながらデザイナー的な作品が印象的です。
そんな日本を代表する画家を師事されていた愛さんのお父さんも有名な大正時代の詩人、歌人、随筆家でもあった大町桂月さんでもありました。
当時、桂月さんは紀行文を書きながら、全国を巡っていました。
旅を続ける父親に世話をかけたくないと思う娘心と、良夫さんの「好きな絵を存分に描かせてやる」とのことで染谷家にお嫁に来られたそうです。
大正12年、愛さんは二十歳。多くの犠牲者を出した関東大震災があった、102年前のことでした。
まだ、展示など若干の手直しがあるかと思いますが、ご来館いただいた際には、お好きなレコードを選んで、前蔵でのひと時をお楽しみ頂ければ幸いです。
皆さまのご来館心よりお待ちしております。